2020年4月29日をもって、中国国鉄の高速鉄道全路線(正確に言うと、G,C,D列車のすべて)が「Eチケット」化された。以後、紙のきっぷは発行されなくなり、外国人はパスポートを以て乗車することとなる。その細部の取り扱いを紹介したい。
中国国鉄の「Eチケット」概要
中国国鉄では、転売対策のために2012年から全国的にきっぷが実名制となっている。購入時にあらかじめ身分証明書類の情報を入力・印字し、乗車時には旅客・きっぷ・身分証明書類の三者が一致していることが駅入り口でチェックされるというものである。
このようにきっぷを実名制としている以上、ある旅客がきっぷを購入していることを国鉄のシステム側で把握できていることになる。これをさらに発展させて、紙のきっぷの効力を一切無くして、きっぷのデータを国鉄のシステムで電子的に保管するものとし、身分証明書類の提示だけで乗車できるようにした仕組みが「きっぷの電子化」で、いわゆるEチケットである。
Eチケットの利点は、なんといっても、紙のきっぷを受け取らなくてもよいことである。これまで、自動券売機の大半がパスポートに対応していなかったために、外国人が中国できっぷを受け取るには有人窓口に並ぶ必要があった。きっぷ受け取りにかかる時間が読めず、乗車リードタイムを大きく引き伸ばしていた。これがなくなれば、乗車手順は本人確認・荷物検査・改札だけとなり、駅が空いていれば数分で改札口までたどり着けるようになるだろう(駅にはゆとりをもってお越しいただきたい)。
Eチケットできっぷの買い方はどう変わる
Eチケットになることにより、きっぷの買い方は変わらない。インターネット購入ができるのは当然のこと、窓口でも従前の通り購入できる。繰り返しになるが、買い方はそれぞれ従前の紙のきっぷの買い方と一切変わらない。ただし、「きっぷ」が発行されないだけである。
きっぷは発行されないが、購入控えを受け取ることができる。窓口できっぷを購入した場合はその場で発行される。インターネットで購入した場合は窓口(予約番号とパスポートを提示)またはパスポート対応の自動券売機で受け取れる。購入控えは受け取らなくても乗車できるので、特に手元に置いておく必要が無ければ受け取らなくてよい。ただし、駅窓口で購入した場合は、インターネットで購入した場合と違って他に購入情報を確認するものが無いので、その場でもらえる購入控えを携帯することを推奨する(後述)。
Eチケットを使った乗車変更(乗車前のきっぷの指定変更)・払い戻しも、紙のきっぷと規定は変わらない。インターネットで購入したきっぷはインターネット上で25分前まで手続きができる(それ以降は駅窓口での手続きとなり、手続き方法は駅窓口で購入したきっぷと同様)。ただし、紙の領収書を受け取っている場合は駅窓口での手続きとなるので注意されたい。駅窓口で購入したきっぷは、全国任意の駅の窓口で発車直前まで手続きができ、この際は予約番号とパスポートを提示する。もし購入控えを持っていれば、それを提示すると手続きが早いだろう。
Eチケットを使った乗車方法
パスポートだけで乗車できるのが本則だが、2020年初頭に中国鉄道時刻表編集委員会メンバーが複数駅で試行した際は、一筋縄に行かない場合があったので、そうした実際の運用も含めて紹介する。
駅舎に入る際の身分証明書類の確認では、有人通路の係員にパスポートを提示する。パスポートをシステムに読み込ませて乗車情報を中央サーバーから呼び出すのが本則だが、読み込みがうまくいかない場合があり、この場合はスマホに表示した購入情報または購入控えを提示して確認してもらうのが良い。
改札口では、国鉄の公式情報によれば、ICチップ入りパスポートは自動改札機にタッチすることで通過可能である。しかし、実際には何らかの理由で通過できない場合もあるようなので、この場合は有人改札に回る。また、ICチップの入っていないパスポートも有人改札に回る。有人改札では、パスポートをシステムに読み込ませて乗車情報を中央サーバーから呼び出すのが本則だが、読み込みがうまくいかない場合があり、この場合はスマホに表示した購入情報または購入控えを提示して確認してもらうのが良い。
これらの箇所で、結局はスマホで表示できる購入情報(12306アプリ、WeChatに来た12306からの購入通知、Trip.comアプリ等)または購入控えが必要になる場合があるので、駅窓口できっぷ(Eチケット)を購入した場合は購入控えを受け取って携帯しておいた方がよい。
改札を通過して、ホームから列車に乗る際は、自分の号車・座席番号を把握する必要がある。このとき、手元に紙のきっぷは無いので、スマホに表示した購入情報または購入控えで確認することとなる。
車内で検札が行われる場合は、パスポートを提示すればよい。係員が、きっぷ購入情報があることを携帯端末で確認する。
駅を出るときも、改札口と同様である。
紙の領収書は乗車後の受け取りがおすすめ
中国の企業等の経費精算制度では、税務当局の管理下で発行されたインボイス([发票])が必要であり、再発行は効かない。いくらでも再発行できる日本の「領収書」とは扱いが異なる。以下、インボイス([发票])を領収書と呼ぶこととする。
中国国鉄の紙のきっぷは、きっぷ兼領収書である。では、Eチケットではどうなるだろうか。Eチケットの場合は、領収書までは電子化されておらず、領収書は駅窓口で紙により発行する。様式は紙のきっぷそっくりだが、「仅供报销使用」(経費精算専用)と記載されており、きっぷとしての効力はない。
この紙の領収書は取り扱いが厄介で、受け取った瞬間にEチケットの利点がほとんどなくなってしまう。中国では領収書は再発行不可で、しかも、実際の金銭収受と合致していなければならない。つまり、領収書をひとたび受け取ってしまうと、Eチケットの乗車変更や払い戻しの際に領収書を窓口に返却する必要が出てくるのである。当然、インターネット上では乗車変更・払い戻し手続きはできず、窓口での手続きとなる。しかも、一度受け取った領収書を紛失してしまうと、乗車変更・払い戻しが不可能になってしまう。領収書の唯一性を確保しなければならないという点で、紙のきっぷと同じ扱いになってしまうということに注意したい。
紙の領収書は、乗車前のみならず、乗車後30日間でも任意の駅窓口・自動券売機(パスポート非対応機が多い)で受け取れる。紙の領収書は乗車後に受け取ることを強くおすすめしたい。
紙の領収書は紙のきっぷと同じ様式であり、記念に手元に置いておくのにもよいだろう。
(補足)鉄道旅客営業上の考察
旅客運送契約の履行においては、正当な旅客であることを効率よく、かつ、誤りなく確認することが必要となる。通常、これは紙のきっぷを所持させ、改札口・集札口を設けてそこを通過させることで実現している。
一方、座席指定が発達すると、一つの座席には一人しか座らないことから、着席状況をもって間接的に旅客の真正性を確認できるようになる。1枚のチケットにつき有効な座席は1つしかなく、2人で同時に使うことはできないから、チケットの唯一性を確保する必要がなくなるということでもある。この考えを応用したのが、高速バス・空の便・欧米の長距離鉄道のEチケットである。それらは、チケットはサーバーに電子的に記録され、旅客は控えを何度でも何枚でも受け取れる。
理論上は改札を廃することも可能で、欧米の長距離鉄道ではそうしているところが多い。高速バスは、バス運転手が改札を兼ねており、それを省くことでコストが減るわけではないので誤乗防止も兼ねて乗車時の確認を存置していると考えられる。航空は、セキュリティ上誤乗・定員オーバーが許されないという必要性から、搭乗口でのチェックが存置されている。
中国では、高速鉄道において立ち席の営業をしており、完全な座席指定制ではないことから、きっぷの唯一性を確保する必要がある。この点で、世界で一般的に言うEチケットは導入できない。自由席があるために、紙のきっぷをベースとする営業体制を続けなければならない日本の鉄道と同じである。しかし、もとからきっぷを実名制としており、本人確認書類の携帯を旅客に要請していて、かつ、ICチップ入りのIDカード(二代居民身分証)が全国民に普及している中国では、きっぷの役割をこのIDカードに帰着させることができたということである。この点で、実際にはJR東日本の行っている新幹線eチケットサービス、JR東海・JR西日本の行っているEX予約を、全国民を対象に実施したものというのが実態としては近い(ただし、パスポートもサポートすることで、外国人も対象としている)。
中国では従前からほとんどの高速鉄道ではIDカードを用いたチケットレス乗車を実現していたので、今回の全面Eチケット化は、どちらかといえば、出札作業削減という事業者側の都合によるところが多いかもしれない。ただし、全面Eチケット化のために、外国人もチケットレス乗車の対象となったことは喜ぶべきことといえるだろう。